東京地方裁判所 平成7年(ワ)23207号 判決 1997年11月26日
原告
株式会社ホクトエンジニアリング
右代表者代表取締役
戸田裕敏
右訴訟代理人弁護士
林幹夫
被告
バイエル・三共株式会社
右代表者代表取締役
レインハードバウアー
右訴訟代理人弁護士
田中徹
同
平野高志
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 事案の概要
本件は、原告が、被告との間で自動車運行管理請負契約を締結し、自動車の運転に習熟した原告の従業員(東海林雅幸)を、被告の提供する自動車の車両運行管理者(被告の副社長の自動車の専属運転手)として配置したところ、被告が、東海林に対して被告の従業員となって働くように勧誘をし、かつ、東海林を被告の従業員として採用する目的で本件契約の更新を拒絶した上、右勧誘に応じて原告を退職した東海林を被告の従業員として雇用したことは、右契約の七条二項(本件解約条項)において定められた「原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員とし採用する目的で右契約の更新拒否をした場合」に当たる旨を主張して、本件解約条項に基づく約定の解約金二五八万円の支払を求める事案である。
これに対し、被告は、本件契約は、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務について労働者派遣を行うことを目的とするものであって同法四条三項に違反しており無効である、本件解約条項は、派遣元である原告が派遣先である被告との間で正当な理由がなく派遣労働者を原告との雇用契約の終了後に雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない旨を規定する同法三三条二項に違反しており無効である、本件解約条項は、被告による派遣労働者の雇用及び派遣労働者の職業選択の自由を制限する結果となるものであって公序良俗に違反しており無効であるなどと主張して争う事件である。
第二 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、二五八万円及びこれに対する平成七年一〇月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第三 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、自動車の運行管理及び点検保守などを目的とする株式会社であり、自動車の運転及び修理等に習熟した多数の従業員を擁して各種の役務を顧客に提供するサービス業を営んでいる。
(二) 被告は、医療用の各種機材の国内外からの仕入れ及び販売を目的とする株式会社である。
2 自動車運行管理請負契約の締結と終了
(一) 原告は、平成五年一〇月一日、被告との間で、自動車運行管理請負契約(以下「本件契約」という。)を締結し、その旨の自動車運行管理請負契約書(甲第一号証の自動車運行管理請負契約書。以下「本件契約書」という。)を交わして、被告の提供する自動車について、種々の運行管理業務を行ってきた。
そして、本件契約には、特約として、「被告が、原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として採用する目的で、本件契約の更新を拒絶した場合には、基本管理料(本件契約においては月額四三万円)の六箇月分の解約金二五八万円を支払う。」旨の条項(本件契約書の七条二項参照。以下「本件解約条項」という。)が存在する。
(二) 本件契約は、平成六年一〇月一日に更新されたが、被告が、同七年七月二一日、原告の配置した車両運行管理者である東海林雅幸(以下「東海林」という。)を被告の従業員として採用する目的で、原告に対し、同年一〇月一日以後は本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたため、本件契約は、同年九月三〇日の経過をもって終了した。
3 被告は、原告が被告に車両運行管理者として配置した東海林に対して被告で勤務するように勧誘をした。そして、被告は、平成七年六月三〇日に原告を退職した東海林を、同年一〇月一日、被告の従業員として採用する雇用契約を締結した。
4 原告は、被告に対し、平成七年一〇月二三日到達の書面により、右書面の到達の日から一週間以内に本件違約条項に基づく約定の二五八万円の解約金(以下「本件解約金」という。)を支払うように催告したが、被告はその支払をしない。
5 よって、原告は、被告に対し、本件解約金二五八万円及びこれに対する被告が遅滞に陥った平成七年一〇月三一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原1の(一)及び(二)の各事実は、認める。
2(一) 同2(一)の事実は、認める。
(二) 同2(二)のうち、本件契約は、平成六年一〇月一日に更新されたが、被告が、同七年七月二一日、原告に対し、同年一〇月一日以後は本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたため、同年九月三〇日の経過をもって終了したことは認めるが、その余の事実は否認する。
被告は、東海林を被告の従業員として採用する目的で本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたものではない。
3 同3の事実は、認める。
なお、東海林は、被告の代表取締役副社長であるレインハード・バウアー(以下「バウアー」という。)の専属運転手として原告から派遣されていたものであるが、自らの意思で、平成七年六月三〇日に原告を退職したものである。
4 同4の事実は、認める。
三 抗弁
1 労働者派遣法四条三項違反による本件契約の無効
(一) 「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」(以下、単に「労働者派遣法」という。)四条三項は、同条一項にいう適用対象業務以外の業務について、労働者派遣を行うことを禁止し、その違反に対しては刑事罰を課している(労働者派遣法五九条一号参照)。
(二) ところで、本件契約は、請負契約の形式をとっているが、その実質は、以下のとおり、右の適用対象業務以外の業務である運転手の行う業務について、労働者派遣を行うことを目的とするものであるから、労働者派遣法四条三項に違反するものとして無効というべきである。
(1) 本件契約に基づいて原告から派遣された運転手の行う業務は、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務に当たる。
(2) 労働者派遣法にいう労働者派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないもの。」とされている(労働者派遣法二条一号参照)。
(3) 東海林は、原告の雇用する労働者であった。
(4) 東海林は、次のとおり、原告との雇用契約に基づき、被告の指揮命令に従って、被告のための労働に従事していた。
① 東海林は、毎日、被告代表者であるバウアーの指示により、被告の所有する自動車の運転の業務に当たっていたものであって、その運転業務について原告から指揮命令を受けたことはない。
② 東海林は、被告に派遣された後、当初は毎日、その後は一ないし二日おきに、原告を退職するころは週に一ないし二回程度、原告に対して出勤確認の電話をしていたが、これは、原告の指示を受けることなく、自らの判断でしていたにすぎない。
③ また、東海林は、被告における運行管理日報を半月分程度まとめて原告に郵送していたが、これは、原告から被告に対する管理料の請求額計算の基礎となる資料を原告に提供していたにすぎない。
2 労働者派遣法三三条二項違反による本件解約条項の無効
(一) 仮に労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務についての労働者派遣事業を行うことを目的とする本件契約が同条三項には違反するが私法上は有効であるとしても、同法三三条二項は、派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用契約の終了後に雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない旨を規定している。
(二) ところで、本件解約条項は、派遣労働者の派遣先である被告が、派遣労働者を被告の従業員として採用する目的で、本件契約の更新を拒絶した場合に、派遣元事業者である原告に対する基本管理料の六箇月分の解約金の支払義務を定めるものであるから、派遣労働者と原告との雇用契約の終了後に被告が派遣労働者を雇用することを実質的に制限するものであり、労働者派遣法三三条二項に実質的に違反するものとして無効というべきである。
3 公序良俗による本件解約条項の無効
仮に労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務についての労働者派遣事業を行うことを目的とする本件契約が労働者派遣法四条三項には違反するが私法上は有効であるとしても、本件解約条項は、被告に派遣されたことのある原告の従業員(派遣労働者)と原告との雇用関係及び原被告間の本件契約の双方が終了した後においても、被告による右従業員の雇用及び右従業員の職業選択の自由を制限するものであるから、右の制限を正当とする特別の事情のない限り、公序良俗に違反するものとして無効というべきである。
4 公序良俗による本件解約条項の無効
仮に右1ないし3とは異なり本件契約について労働者派遣法の適用がないとしても、右3と同様の理由から、本件解約条項は、公序良俗に違反するものとして無効というべきである。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)の事実は、認める。
(二) 同1(二)の柱書の主張は、争う。
本件契約書(甲第一号証)の二〇条には、原告の車両運行管理者が、その業務を遂行する過程において、運行管理委託者や他の第三者に対し、管理車両の保険によっては担保されない損害を与えた場合には、原告が受託者としての責任を負わなければならない旨が定められていることに照らしても、本件契約は、実質的にも請負というべきである。
(1) 同1(二)(1)の事実は、認める。
(2) 同1(二)(2)の事実は、認める。
(3) 同1(二)(3)の事実は、認める。
(4) 同1(二)(4)の事実は、否認する。
なお、原告は、被告に配置した東海林に対し、次のような指揮指令をしていた。
① 原告は、東海林に対し、テレホンカードを支給し、原告の安全運行管理責任者である峰岸正人(以下「峰岸」という。)に、毎日、運行管理業務についての電話連絡をすべき旨の指示を与えていた。
② 東海林から電話連絡を受けた峰岸は、東海林に対し、その都度必要な指示を行っていた。
③ 原告は、東海林に対し、毎日、管理車両の管理状況について、運行管理日報を作成し、これを原告に提出するように指示していた。
2(一) 同2(一)は、本件契約が労働者派遣法四条三項に違反しているとの主張は争い、その余の事実は認める。
(二) 同2(二)の主張は、争う。
3 同3の主張は、争う。
本件解約条項は、派遣労働者の派遣先である被告が派遣労働者を被告の従業員として採用すること自体を禁止するものではない。また、本件解約条項は、派遣労働者の派遣先である被告が、派遣労働者を被告の従業員として採用する目的で本件契約の更新を拒絶した場合に、基本管理料のわずか六箇月分の解約金の支払義務を定めたものにすぎないから、労働者派遣法三三条二項に違反するものではない。
4 同4の主張は、争う。
第四 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因について
1 争いのない事実
請求原因1の(一)及び(二)の各事実、同2(一)の事実、同2(二)のうち、本件契約は平成六年一〇月一日に更新されたが、被告が同七年七月二一日に原告に対し同年一〇月一日以後は本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたため、同年九月三〇日の経過をもって終了したこと、同3の事実、同4の事実は当事者間に争いがない。
2 事実経過
右争いのない事実に、証拠(甲第一、第二号証、第三号証の一ないし一三八、第四号証、乙第一号証の一、二、証人峰岸正人、東海林雅幸、原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。
(一) 原告は、昭和六三年に設立された株式会社であり、専門的な運転手としての勤務経験の比較的少ない者を従業員として採用し、同人に対して三箇月間にわたる教育を実施して、自動車の運転及び修理等に習熟させ、右の教育を経た多数の従業員(車両運行管理者)を擁し、顧客との契約に基づき、同人を顧客のもとへ派遣して、顧客が提供する自動車の運行管理及び点検保守などの業務を行うことを主たる業務としている。
(二) 原告は、平成五年一〇月一日、被告との間で、以下の概要の本件契約を締結し、被告の提供する自動車について、運行管理業務を行ってきた。
(1) 被告は、原告に対し、被告の提供する自動車(以下「管理車両」という。)の運行管理業務を委託する(本件契約書の一条参照)。
(2) 被告が原告に委託する主要な管理業務は、管理車両の運転、管理車両の整備及び修理などである(本件契約書の二条参照)。
(3) 原告は、被告と協議の上、被告が作成した運行計画書に基づき、管理車両の運行管理を行う(本件契約書の三条一項参照)。
(4) 原告は、安全運行管理責任者及び車両運行管理者を定め、車両運行管理者を被告に配置する(本件契約書の三条二項参照)。
(5) 原告の安全運行管理責任者は、管理業務を総合的に担当し、車両運行管理者に業務を指示すると共に指揮監督を行い、業務に関する被告の指示及び連絡を受ける(本件契約書の三条三項参照)。
(6) 契約期間は、平成五年一〇月一日から同六年九月三〇日までとする。以後、契約の更新をする場合、その期間は、満了日の翌日から一年間とする(本件契約書の四条参照)。なお、原告又は被告が契約の更新をする意思がないときは、契約期間が満了する二箇月前までに、その旨を書面により相手方に通知しなければならない(本件契約書の五条参照)。
(7) 被告は原告が配置した車両運行管理者を被告の従業員として採用する目的で、契約の更新拒絶をした場合、原告に対し、解約金として基本管理料の六箇月分を支払う(本件契約書の七条二項参照)。
(8) 被告は、原告に対し、基本管理料(車両運行管理者人件費、一般管理費及び車両管理費など)として月額四三万円を支払う(本件契約書の一〇条一項参照)。
(9) 被告は、原告に対し、基本管理時間外の管理については別に定める時間外管理料を(本件契約書の一二条一項参照)、原告の定める就業日以外の管理については別に定める休日管理料を(本件契約書の一三条一項参照)、また、車両運行管理者が宿泊を伴う出張をしたときは別に定める宿泊料及び宿泊日当を(本件契約書の一四条一項参照)、それぞれ支払う。
(10) 原告から被告に配置された車両運行管理者は、原告の安全運行管理責任者の指示を受け、管理車両の管理状況について、運行管理日報を二部作成し、運行管理終了後、安全運行管理責任者の確認を得て、これを被告の担当者に提出して検印を受け、その一部を被告に提出し、残る一部を原告に送付する(本件契約書の一七条参照)。
(三) 原告は、本件契約に基づき、被告に対し、平成五年一〇月一日以降、車両運行管理者として、東海林以外の従業員を被告に配置していたが、同六年一月四日からは、東海林を被告に配置した。そして、東海林は、同日以後、被告の代表取締役副社長であるバウアーの専属運転手として、被告がバウアーの専用自動車として提供した管理車両についての運行管理業務に従事していた。
(四) 原告は、安全運行管理責任者である峰岸をして、被告に配置した東海林に対し、原告から支給されたテレホンカードを使用して運行管理業務の実施状況について毎日電話連絡をすべきこと、及び、右の実施状況について日々の運行管理日報を作成しこれを約一週間ごとにまとめて原告に提出すべきことなどの指示を与えさせ、東海林から電話連絡を受けた際には、峰岸が東海林に対し、その都度必要な指示を与えることのできるような管理体制を採っていた。
(五) そして、東海林は、被告に配置された平成六年一月四日から同年三月ころまでは、毎日、原告の安全運行管理責任者である峰岸に対し、運行管理業務の実施状況についての電話連絡(甲第四号証の電話連絡メモ参照)をし、峰岸から必要な指示を受けたりすることもあったが、その後は、右の電話連絡をすることが途絶えがちとなった。
また、東海林は、被告に配置された平成六年一月四日から原告を退社した同七年六月三〇日までの間、被告において業務を行った運行管理時間、管理車両の運行時間と運行区間などの運行管理状況を記載した日々の運行管理日報(甲第三号証の一ないし一三八)を作成し、被告の検印を受けた上、これを約一〇日毎にまとめて原告に郵送し、かつ、被告に対する管理料の請求額計算の基礎となる一箇月間の運行管理時間の総計を記載した運行管理月報を作成し、これを毎月一回原告に郵送していた。また、被告は、その従業員である車両運行管理者に対し、毎年、春、夏、秋の三回、研修会を実施しており、東海林も一回だけ研修会に参加したことがあった。
(六) 被告のバウアーの秘書は、東海林が運行管理業務を行っていた平成六年一月四日から同七年六月三〇日までの期間を通じ、被告がバウアーの専用自動車として提供した管理車両の毎日の運行予定を、その前日、東海林に対して示し、東海林はその指示に従って、バウアーの専属運転手として、毎日の運行管理業務に当たっていた。
なお、東海林は、右の期間を通じ、毎日、原告に出勤することなく、自宅と被告との間を往復し、バウアーの秘書から指示された日時と場所において右のような運行管理業務を行っていたものであり、その日常の運行管理業務について、峰岸から特に指揮命令を受けたことはなかったし、通常の勤務日以外の休日及び深夜の残業についても、峰岸の指揮命令を受けることはなく、専ら自己の判断で対処していた。
(七) ところで、バウアーは、本件契約に基づき被告に車両運行管理者として配置された東海林を被告の従業員(運転手)として採用する目的で、東海林が被告に配置された約四箇月後の平成六年五月初旬ころから、東海林に対し、原告を退職して被告の従業員として働くことを熱心に勧誘した。そのため、東海林は、平成六年一一月ころ、原告を退職して被告の従業員となることを決心した。
(八) 本件契約は、契約が締結された平成五年一〇月一日から一年後の同六年一〇月一日、同一の条件をもって更新された。そして、東海林は、右更新後も引き続き、バウアーの専属運転手として運行管理業務を行っていたが、本件契約期間の満了後に、被告会社の従業員として雇用されることを予定して、平成七年六月三〇日に原告を退職した。そのため、原告は、平成七年七月一日以降は、東海林以外の車両運行管理者を被告に配置した。
そして、被告は、東海林が被告の勧誘に応じて前記の決心をし、原告を退職したため、平成七年七月二一日、東海林を被告の従業員として採用する目的で、原告に対し、同年一〇月一日以後は本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をし、本件契約は、同年九月三〇日の経過をもって終了した。
(九) なお、被告は、本件契約が終了した翌日の平成七年一〇月一日、東海林をその従業員(被告の代表取締役副社長バウアーの自動車のただ一人の専属運転手)として雇用し、東海林は、同日から現在に至るまで、バウアーの専属運転手として、被告において安定した雇用条件の下で勤務している。
3 小括
(一) 右2に認定のとおり、(1) 被告の代表取締役副社長バウアーは、本件契約に基づき被告に配置された車両運行管理者である東海林を被告の従業員(運転手)として採用する目的で、東海林が被告に配置された約四箇月後の平成六年五月初旬ころから、東海林に対し、原告を退職して被告の従業員(バウアーの自動車の専属運転手)として働くことを熱心に勧誘したこと、(2) 東海林は、被告の右のような勧誘に応じて、同七年六月三〇日に原告を退職したこと、(3) そこで、被告は、同年七月二一日、東海林を被告の従業員(バウアーの自動車の専属運転手)として採用する目的で、同年一〇月一日以降の本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたこと、(4) そして、被告は、本件契約が同年九月三〇日の経過により終了した翌日である同年一〇月一日に被告の従業員(バウアーの自動車の専属運転手)として採用したこと、(5) その後、東海林は同年一〇月一日から現在に至るまで、被告の代表取締役副社長であるバウアーのの専属運転手として被告において勤務していること、以上の各事実が明らかである。
(二) したがって、被告は、抗弁の主張が採用されない限り、本件解約条項に基づき、原告に対し、本件解約金二五八万円を支払うべき義務がある。
二 抗弁について
1 抗弁1(労働者派遣法四条三項違反による本件契約の無効)について
(一) 原告の東海林に対する指揮命令の程度
前記一2に認定のとおり、原告は、東海林に対し、毎日の運行管理業務の実施状況についての電話連絡をすること、及び、管理車両についての日々の運行管理日報を作成してこれを約一週間ごとにまとめて原告に提出することなどの指示を与えていたことが明らかである。
(二) 被告の東海林に対する指揮命令の程度
しかしながら、他方、前認定のとおり、(1) 被告のバウアーの秘書は、東海林が被告で運行管理業務を行っていた期間を通じ、被告がバウアーの専用自動車として提供した管理車両の毎日の運行予定を、その前日、東海林に対して指示していたこと、(2) 東海林はバウアーの秘書の指示に従って、バウアーの専属運転手として、バウアーの秘書から指示された日時と場所において毎日の運行管理業務を行っていたこと、(3) 東海林は、被告で運行管理業務を行っていた期間を通じ、毎日、原告に出勤することなく、自宅と被告との間を往復して右のような運行管理業務を行っていたものであり、その日常の運行管理業務について、峰岸から特別の指揮命令を受けることなく、通常の勤務日以外の休日及び深夜の残業についても、峰岸の指揮命令を受けずに、専ら自己の判断で対処していたこと、(4) 東海林は、本件契約に基づく運行管理業務を遂行する上で最も重要な自動車については、原告から提供された自動車ではなく、被告からバウアーの専用自動車として提供された自動車を使用して運行管理業務を行っていたこと、なども明らかである。
(三) 本件契約は労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務について労働者派遣を業として行うことを目的とするものであるか否か
右の(一)及び(二)の諸点を総合すると、本件契約に基づく東海林の運行管理業務の遂行について指揮命令をする割合は、原告よりも被告のほうが相対的に大きかったものということができる。また、前認定のような東海林が被告において行っていた運行管理業務の内容に照らせば、本件契約に基づいて東海林の行った運行管理業務は、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務である運転手の行う業務であるものということができる。
そうすると、本件契約は、少なくとも東海林が被告に派遣されていた平成六年一月四日から同七年六月三〇日までの期間については、請負契約という形式がとられていたが、その実質は、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務について、労働者派遣を業として行うことを内容とする実態を有するものであったということができる。したがって、原告は、本件契約に基づき、少なくとも右の期間については、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務について、労働者派遣事業を行っていたものというべきである。
(四) 本件契約が労働者派遣法四条三項に違反する無効な契約であるか否か
労働者派遣法は、労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を構ずるとともに、派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もって派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とする(同法一条参照)。そして、労働者派遣法四条三項は、右の目的を達成するため、同条一項にいう適用対象業務以外の業務について労働者派遣事業を行うことを禁止し、その違反に対しては、一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金という刑事罰を課するものとしている(同法五九条一号参照)。
しかしながら、労働者派遣法四条三項の規定は、労働力需給調整システムとして需給の迅速かつ的確な結合を図るためには、労働大臣の許可等の要件の下で労働者派遣事業という方法により行わせる必要のあるものに限って右事業を行わせることが適当であること、及び、雇用慣行との調和を考慮すれば雇用慣行に悪影響を及ぼすことの少ない業務分野に限って労働者派遣事業を許すことが適当であることなどにかんがみて、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務について労働者派遣事業を行うことを禁止し、もって労働者派遣事業の適正な運営の確保と派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進を図るという政策的若しくは公益的見地から行政上設けられた取締規定にすぎず、その違反行為の民事上の効力まで否定する趣旨の効力規定ではないものと解される。
したがって、本件契約に基づいて原告の行っていた労働者派遣事業が、労働者派遣法四条三項の規定に違反していたとしても、これをもって直ちに本件契約が右規定に違反して無効となるものということはできない。
(五) 小括
以上のとおり、被告の抗弁1の主張は採用することができない。
2 抗弁2(労働者派遣法三三条二項違反による本件解約条項の無効)について
(一) 労働者派遣法三三条一項は、「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」旨を規定し、同条二項は、「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」旨を、それぞれ規定している。
(二) ところで、右の各規定は、派遣元事業主と派遣労働者及び派遣元事業主と派遣先との間で、正当な理由がなく、派遣労働者が派遣元事業主との雇用関係の終了後、派遣先であった者に雇用されることを制限する旨の契約を締結することが許されることになると、憲法二二条により保障されている派遣労働者の職業選択の自由を実質的に制限し、派遣労働者の就業の機会を制限する結果となって、前記の労働者派遣法の立法目的が達成されなくなることから、派遣元事業主と派遣労働者の間のみならず、派遣元事業主と派遣先との間においても、右のような契約を締結することを禁止し、もって派遣労働者の職業選択の自由を特に雇用制限の禁止という面から具体的に保障しようとする趣旨に基づいて設けられた規定であると解される。したがって、労働者派遣法三三条に違反して締結された契約条項は、私法上の効力が否定され、無効なものと解される。
(三) また、前記の労働者派遣法の立法目的及び右のような同法三三条の規定の趣旨などに照らせば、形式的には、同条に違反してはいない契約条項であっても、派遣元事業主が、派遣先との間で、正当な理由がなく、派遣先が派遣労働者を派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる結果となる契約条項を締結することも、実質的に、同条に違反するものというべきであるから、そのような契約条項も、私法上の効力が否定され、無効なものと解するのが相当である。
(四) ところで、本件解約条項は、「被告が、原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として採用する目的で、本件契約の更新を拒絶した場合に、基本管理料(本件契約においては月額四三万円)の六箇月分の解約金二五八万円を支払う。」旨を、派遣元事業主である原告と派遣先である被告との間で定めたものであって、原告と派遣労働者との間で締結された約定ではなく、かつ、被告が、原告からの派遣労働者を原告との雇用関係の終了後、被告に雇用することを直接的には制限する旨の定めともなっていない。
したがって、(1) 本件解約条項は、形式的には、労働者派遣法三三条二項に違反してはいないこと、(2) 本件解約条項に基づく解約金の支払義務の発生要件は、「被告が、原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として採用する目的で、本件契約の更新を拒絶したこと」であって、被告が原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として現実に採用したか否かは、解約金の支払義務の発生要件とはなっていないこと、すなわち、被告が原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として採用したか否かにかかわらず、被告が右の目的で本件契約の更新を拒絶した場合に本件解約金の支払義務が発生すること、が明らかである。また、前認定のとおり、(3) 原告は、新規採用した従業員を車両運行管理者として顧客へ派遣する以前に、右従業員に対し、約三箇月にわたる教育を実施していること、(4) 被告は、本件契約中に本件解約条項が存在することを十分に認識して本件契約を締結し、本件解約条項に違反することを十分に承知しながら、原告の配置した車両運行管理者である東海林を被告の従業員として採用する目的で、本件契約の更新を拒絶したこと、(5) そして、現に東海林は自ら希望したとおり、被告で雇用され、被告において安定した雇用条件の下で就業していること、なども明らかである。
(五) しかしながら、他方、(1) 原告は、本件契約に基づき、少なくとも東海林が被告に派遣されていた平成六年一月四日から同七年六月三〇日までの期間については、労働者派遣法四条一項にいう適用対象業務以外の業務について、労働者派遣事業を行っていたこと、(2) 本件解約条項は、確かに形式的には労働者派遣法三三条二項に違反してはいないが、被告が原告からの派遣労働者を被告の従業員として採用する目的で本件契約の更新を拒絶した場所における被告の解約金支払義務の存在をあらかじめ定めたものであること、(3) 右の場合に被告が支払うべき解約金の額は、基本管理料(本件契約においては月額四三万円)の六箇月分の二五八万円という極めて高い額に設定されていること、(4) 被告は、本件解約条項に基づく右解約金を支払わない限り、原告からの派遣労働者をその従業員として採用することができない結果となっていること、(5) そのため、右派遣労働者としても、本件解約条項が存在するため、派遣元事業主である原告との雇用関係の終了後において、派遣先である被告に、原告からの拘束を受けることなく、自由に雇用されることができるという就業の機会が実質的に制限されることを甘受しなければならない結果となっていること、なども明らかである。
したがって、右の諸点に照らせば、前記(四)の(1)ないし(5)の各事情を考慮に入れても、本件契約中の本件解約条項は、憲法二二条により保障されている派遣労働者の職業選択の自由を実質的に制限し、派遣労働者の就業の機会を制限する結果を生じさせ、前記の労働者派遣法の立法目的の達成を著しく阻害するものというべきである。すなわち、本件解約条項は、実質的に、派遣元事業主が、派遣先との間で、正当な理由がなく、派遣先が派遣労働者を派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる結果となる契約条項であって、原告が行っていた前記の労働者派遣事業につき、右のような結果をもたらす契約条項の締結を禁止して派遣労働者の職業選択の自由を保障しようとする趣旨に基づく労働者派遣法三三条二項の適用若しくは類推適用を回避することを目的として設けられた約定といわざるを得ないから、同条項に実質的に違反するものというべきである。
(六) 小括
以上のとおり、本件解約条項は、形式的には労働者派遣法三三条二項に違反するものではないが、実質的に右の規定に違反するものとして、私法上の効力が否定され、無効なものと解される。
したがって、被告の抗弁2の主張は、理由がある。
三 結論
よって、原告の被告に対する本件請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官井上繁規)